日常

146. 暑い夏の終わり、熱い受験の始まり

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こんにちは!田畑です。

今年の夏休みは新型コロナウィルスの影響もあり一昨日の8/19で終えました。愉開塾での夏期講習はお盆休みを除いた9日間、例年は土日を除いて25日ほどだったのでその半分以下の日数でした。しかし、だからこそ濃密(密ではありません)で、熱い(暑い)、怒涛の9日間を過ごせたのかもしれません。今回はその振り返りを残しておきたいと思います。

 

~6月末~

教育委員会のホームページを見て、僕は知りました。今年の夏休みは8/8~19の12日間。新型コロナの影響で学校の授業についていけずに悲鳴をあげている子どもたちには「大丈夫、今のペースでコツコツ頑張って勉強していけば必ず追い付けるから」と声掛けをしていたのですが、この時ばかりは僕も子どもたちの前で悲鳴をあげました。

毎年愉開塾では夏休みに3年生のみを対象とした夏期講習を行っています。内容は試行錯誤を重ねているのですが、長期休暇の特性を一番有効に使えるという理由で必ず行っていたのが「歴史の総復習」でした。

とはいえ、歴史の授業は1日3時間×11日、さらに知識の定着を図ってランダムな1問1答授業を残りの授業でやれるだけやっていたのです。さすがにこの短期間では無理か…?ここで僕の頭はフル回転。無茶な計画を思いつきます。

今年の夏休みは8/8~19の12日間。13~15日はお盆でお休みにする予定なので実質9日間。なかでも前半の8~12日の5日間、特に8~10日は土日祝で中学2年生以下の生徒が通塾することがないゴールデンタイムです。ここに一極集中するしかない。例年は3時間×11日=33時間。であれば1日11時間すれば3日で終わらせられる。いやいやいや…1日11時間は死ぬ。子どもたちもだけど僕も死んじゃう。それでもやるしかない。どうする?

そこで思いついたのが「パワーポイントを使った授業」をするということ。これは実は例年考えていたことでした。いつもは歴史のテキストを使って僕が面白おかしく喋って板書をしていました。しかし、毎年「板書に時間がかかる」「字ばかりで面白さに限界がある」という悩みを感じていました。それを解消するために考えていたのが、パワーポイントのスライドをプロジェクターで投影して授業を行うということでした。しかし、なんだかんだ他の業務があったりして手を付けられず、夏が終わるたびに「来年こそは…」と思っていたのでした。

さらに今年スライド作成をする気持ちを後押ししてくれたのは、これまた新型コロナの影響で始めた映像授業の作成でした。映像授業を前撮りしておくことで普段の業務の負担が軽減されていたので、スライド作成の余力が生まれていたのです。しかし歴史のテキストは6章構成、1章を1週間かけて作成しても夏期講習ギリギリ。やれるか?いや、選択肢はない。やるんだ。やったるわい!そう決心できたのは歴史を3日間で総復習するぞと中3生たちに伝えたときに、子どもたちが歓喜の声をあげて「絶対歴史完璧にする!」と期待の眼差しを僕に向けたからかもしれません。

 

~7月~

1週間で1章分のスライドを作るなんて楽勝だろ?なんて思われる方もいるかもしれません。でも僕には辛かった。ある程度パソコン操作には慣れているので作業自体は問題ありません。ただ、こういう作業を始めたからこその気づきもあるわけです。それは歴史の授業で僕がおざなりにしていた部分が浮き彫りになってきたことでした。

塾講師の仕事は試験に出る単語を子どもたちにいかに効率よく覚えさせるかです。つまり、内容が薄くても指導要領を覚えさせればひとまずは仕事ができているわけです。しかし、そんな薄い内容だとスライドも全然面白くないですし、何よりも子どもたちに歴史の流れを感じさせることができません。

この期間中は僕自身もかなりYouTubeや文献に当たって教養を深めました。これはエピソードとして面白いな、あれは人物紹介で活用すると笑えそうだぞ。そうしていると次の罠が待ちうけていました。歴史が面白くなって自分の勉強に熱中してしまったのです。スライドにも子どもたちには不必要な知識が多すぎる事態が発生してきました。いくら面白おかしく話すためとはいえ、詰め込みすぎは子どもたちの記憶のキャパシティをオーバーしてしまいます。バランスを考えながら、どんな話をするのかをイメージしながら、調整に調整を重ねたスライド作りを夏休みギリギリまで行いました。

 

~8月~

今年は遅かった梅雨明け。月をまたいだ途端に気温はぐんぐん上昇してきました。そして迎えた8/8。暑い。クソ暑い。今年はプロジェクターで投影する映像を大きくすることも考えて背景布としても使われる大きな白い布を用意しました。

画像の左上を見てもらったらわかりますが、この位置にエアコンがあるのです。ここにきて問題が発生しました。エアコンの風が部屋に循環しない。しかもプロジェクターもめちゃめちゃ熱を発する。7月中は悩む必要のなかった暑さ対策がここにきて牙をむいたのです。ひとまず今回は休憩中に布をめくってエアコンの風を循環させることで対応することにしました。

1日目(8/8)。古代から始まった歴史は50分授業を7回行って1600年の関ヶ原の戦いまで進めました。初日で子どもたちにもガッツがあったこともあり、めちゃめちゃ順調に進みました。楽しんで聞いてくれていたのでこの調子だとあっという間だね!なんて声も聞こえてきました。

2日目(8/9)。前日の気持ちは子どもたちにはありませんでした。この日は絶望的に暑かったのです。エアコンが壊れたのかと思うくらい部屋を冷やしてくれません。扇風機を3台ぶん回してもうだる暑さが変わらない。それでも授業を開始して1日目の内容をざっと復習。それだけで1時間半を使いました。この間に暑すぎて立っていた子どもたちもいましたが、徐々に部屋も普通に過ごせる気温(涼しくはない)になってきました。そして授業が終了した9時。この日に進んだのは第1次世界大戦の開戦直前まででした。この日帰宅した僕を迎えた奥さんが最初に放った一言は「汗くっさ!」でした。

3日目(8/10)。前日の反省を生かして午前中からエアコンを稼働して午後からの授業に備えました。その結果、授業もスムーズに始められ子どもたちもラストスパートに向けて集中して聞き入ってくれました。現代の内容では学校では深く指導しない現在まで続く北方領土問題や、トランプ大統領や習近平主席の争いなどといった現在の世界情勢を子どもたちに伝えました。遠い昔の話だと思ってただとか自分の生活には関係ない話だと思ってたなんて感想が聞けたりして、塾講師冥利に尽きる本音の声がチラホラ聞こえてきて本当に嬉しかったです。

4,5日目(8/11,12)。子どもたちは来る16日のテスト(100点満点1問1答形式)に備えて復習を開始しました。授業中に撮ったスライドの写真を見たり、テキストの問題を順番に解いていったり、再度僕に授業を頼んだり。

最初は順調に復習していたのですが12日の終わりになると「絶対復習終わらん!」「明日も塾開けて!」という悲鳴が上がってきました。開けたいのはやまやまですが、僕も疲労困憊、休みたいのです。16日までやれるだけやってこい!と喝を入れて前半戦が終了。

6日目(8/16)。テストは午後6時からと伝えていたので、教室を午後1時に開けてからすぐにやってきた生徒は最後の追い込み復習をしていました。そして迎えた100問テスト。テキストの各ページには20問近くの問題が載っています。それらから各3問ずつをピックアップしただけのテストで、正直復習の成果がそのまま出るとは言い難い理不尽な内容。それでも子どもたちは全力で取り組んでくれました。

その結果、半数以上の子どもたちが70点以上を叩き出してくれました。もちろん元から賢い子だっていますが、そういう子を追い抜く下克上が頻発、ほとんどの子が普段のテストよりも良い結果でした。しかもテスト範囲は歴史の全範囲ですよ?僕の話を3日聞いて1週間しか復習時間はなかったんですよ?聞いてみれば今年のお盆は家族でおばあちゃんの家に行かずに家で勉強していた、遊びに行かずに復習していたようです。それでも、そうであったとしても、この短期間で集中してこれだけ膨大な量の知識を取り込んだ君たちはすごいんだ。素晴らしいんだ。僕はこの夏期講習に全力で取り組んでくれた子どもたちを誇りに思います。

 

残りの3日間は各自に残っていた夏休みの課題をしつつ、夏休み明け以降に毎日塾に来て取り組む計算練習プリントや数学・理科の応用問題の取り組み方を説明して練習がてらに取り組んでもらいました。

そして最終日に僕は子どもたちに次のように伝えました。

「たった9日間だけど君たちはこれだけ必死に過ごしてきた。明日から始まる学校に行ってみれば、君たちと同じように勉強漬けだった人もいるだろうけど、そうでない人だっているだろう。そういう人たちに流されてはいけない。この夏の気持ちを忘れないためにも、毎日ここにやってきてみんなで切磋琢磨していってほしい。あと半年みんなで一緒に頑張ろう。」

元気よく返事をしてくれた子どもたちは達成感にあふれた顔をしてこの日の教室を出ていきました。

 

 

そして夏休みが明けて2日後の今日…

県立高校の入試までちょうどあと200日なのです。子どもたちはこれを見て「全然時間ないやん!」とまたしても悲鳴をあげています。僕は悲鳴をあげることはありません。なぜなら子どもたちの受験合格の希望を叶えられる自信があるから。というよりも、彼ら彼女らが自分たちでその希望を叶える力を持っていると信じているから。ただ実は、僕も別のことで悲鳴をあげそうになっていたりします。それはあとたった200日しかこの子たちとは過ごせないということ。これからの200日でこの子たちに僕は何を与えられるだろうか、何を残せるのだろうか。いくら考えても仕方ありません。全力で子どもたちと過ごしていくことしか僕にはできないのですから。

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