日常

23.髪型の校則問題から見える「大人」

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こんにちは!田畑です。

今日は朝の番組「スッキリ!」で議論がされていた学生の髪型の校則についての僕の意見を述べます。

 

僕としては「髪型に関する校則は必要ない」というのが持論です。

 

そもそも校則を設けて生徒の自由を縛る理由ですが、これについては番組でも司会の加藤さんが言っていたように

「大人が怖がっているだけ」だと思います。

①風紀を統制することが出来る。

②校下周辺地域への印象をよくする。

これくらいしか理由は思いつかないのですが、

①に関しては「個性を発揮していける時代にしていきましょう」と言っていることに対して真っ向から矛盾している主張です。「そういうところの個性ではなくて、考え方の個性を~」なんて言ってるのも甚だおかしい。考え方を表現してこそ個性です。

②に関しても、その「地域の印象」というのも「怖がっている大人にとっての印象」でしかないと思います。個性的な髪型をしている子どもたちを「自分を何かしらの形で表現したいんだな」と受け取るか「自分のよく知らない髪型をしている、けしからん」と拒絶するかの違いです。

 

もちろん、個性が暴走していじめや地域への迷惑行為(騒音や物損、傷害など)を許してはいけません。ではそれを未然に防ぐために子どもたちの自由を奪ってよいかと言えば、僕は違うと思います。

大人はもっと時代の変化を受け入れ、そして時代の先駆けとなる子どもたちと対等に対話をするべきです。

自分の方が子どもよりもちょいとばかり長く生きているからといって上下関係を作って子どもたちに接する大人は大人失格だと僕は思います。

愉開塾でも子どもたちの気持ちを尊重することはもちろん、「自分たちの意見を持つ」ことができるような指導を心がけています。

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